長谷川等伯障壁画展

7.18_永青文庫H29秋季展_B2ポスター

 

11/24 永青文庫

『重要文化財 長谷川等伯障壁画展 南禅寺天授庵と細川幽斎』

 
天授庵は南禅寺開山の無関普門の塔所として創建された由緒ある塔頭です。
応仁の乱以降、荒廃していましたが、慶長7年に細川幽斎により再興されました。
幽斎は武将であるとともに深く文雅を解した文化人としても知られています。
再興された方丈、正門などは当時のまま現存しており、長谷川等伯の晩年の作風を伝える障壁画「禅宗祖師図」「商山四皓図」「松鶴図」が残されています。
長谷川等伯は、豊臣秀吉や千利休に重用された桃山期を代表する絵師ですが、細川家に関わる画事も行っていました。
本展では、天授庵の方丈を飾る障壁画全32画面を、細川家ゆかりの永青文庫にて全場面公開することで、天授庵と幽斎との関わりを改めて紹介します。
また、日通筆「等伯画説」と長谷川等伯「玉甫紹琮像」も特別に展示されます。

 

 
普段は非公開の障壁画が全面揃うとのことで楽しみに行ってきました!
残念ながら前後期入替展示とのことで全面は見られなかったのですけど「禅宗祖師図」「商山四皓図」「松鶴図」のうち2作品16面を観ることが出来ました。

 

以下、気になった作品です。

 

 
長谷川等伯《商山四皓図》重文

中国秦代末期、乱世を避けて陜西商山に入った東園公,綺里季,夏黄公,用理先生の四人の隠士

髭や眉が皓伯の老人であったので四皓と呼ばれた

右の面には童子が2人こちらを向く童子の顔が可愛らしい

左の面には驢馬に乗る老人が後方にいる童子と言葉を交わす場面

生き生きとした表情で描かれています。

 

長谷川等伯《松鶴図》重文

松や鶴は長寿をあらわす吉祥画題とされています

雛鳥を含む5羽が描かれているそうですが、劣化により消えかけているのが残念

少ない筆致で的確に鶴の体躯が表現されていて筆遣いには勢いを感じさせます

画面左下の完全にくつろいだような鶴の表情が笑いを誘います

 

 

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日通 筆《等伯画説》重文 チラシ掲載作品

日蓮宗の本山「叡昌山本法寺」は、法華宗を信仰した長谷川等伯とのゆかりの深い寺院

本法寺10世の日通が等伯との会話で聞いた絵画に関する話を97条にして書き記した冊子本

等伯の芸術観が記されている貴重な資料

 

 

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長谷川等伯《玉甫紹琮像》チラシ掲載作品

重文簡略な筆致ながらも特徴を的確に捉えて描かれています

 

《柏木莵螺鈿鞍》国宝

木菟(ミミズク)が螺鈿で装飾されています

鎌倉時代から続く古典の技法を見ることができました

経年劣化がかなりありましたが、細かな細工がとても美しく素晴らしかったです

 

明智光秀宛《織田信長刻印状》重文

 

玄旨法印(幽斎)宛《羽柴秀吉知行宛行状》重文

 

細川藤孝(幽斎)筆《秋草図和歌扇面》

秋草図が描かれた扇面に幽斎筆で和歌が描かれています

古今和歌集「濡れてほす 山路の菊の つゆのまに いつか千年を 我は経にけむ」

 

細川麝香(ガラシャ)筆《扇面歌文》

応仁記と徒然草の一節を麝香筆で扇面に描く

達筆で軽やかな字と鮮やかな扇面がとても綺麗でした

 

 

今回の目的であった障壁画は一見の価値あり!

それだけでなく、等伯の作品や幽斎に関する資料を通じて、細川家に関わる人物交流を知ることができました。

中でも明智光秀宛の織田信長の書状が展示されていたのには驚きでした。

等伯の障壁画から、信長、秀吉の書状、能面のコレクションまで、様々な観点から楽しむことができた展覧会でした。

 

 

 

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美術館に隣接する肥後細川庭園も散策。

素敵な池泉回遊式庭園で紅葉と雪吊りと風景を映しだす池全てが美しく重なり合って贅沢なひと時を過ごせました。

結婚式の撮影をしているご夫婦が3組もいらっしゃいました。

幸せをお裾分けしていただいた気分です(。vωv。`)

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